事件番号:JP2019-0006

               裁   定

申立人:
(名称) アドビ インコーポレイテッド
(住所) アメリカ合衆国 カリフォルニア州 95110 サン・ノゼ
     パーク アヴェニュー 345

代理人:  弁護士 新谷 美保子
     弁護士 関川 淳子
     弁理士 森本 久実
登録者:
(名称) Li
(住所) 東京都渋谷区桜丘町26-1 セルリアンタワー11階
代理人:なし

 日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル(以下「本件パネル」という。)
は,JPドメイン名紛争処理方針(以下「処理方針」という。),JPドメイン
名紛争処理方針のための手続規則(以下「手続規則」という。)及び日本知的
財産仲裁センターJPドメイン名紛争処理方針のための手続規則の補則並びに条
理に則り,申立書・提出された証拠に基づいて審理を遂げた結果,以下のとお
り裁定する。

1 裁定主文
  ドメイン名「MAGENTO.JP」の登録を申立人に移転せよ。

2 ドメイン名
  紛争に係るドメイン名は「MAGENTO.JP」(以下「本件ドメイン
名」という。)である。

3 手続の経緯
  別記のとおりである。

4 当事者の主張(概要)
 A 申立人の主張
 (1) 登録者の本件ドメイン名が,申立人が権利又は正当な利益を有する
商標その他表示と同一又は混同を引き起こすほど類似していること
   ア 申立人
    ① 申立人は,1982年にアメリカ合衆国において設立された世界的に
有名なコンピューター・ソフトウェア会社である(甲3)。
    ② 「 X. commerce Inc.」は,「Magento Inc.」の名称で営業を行
い,eコマース(電子商取引)サービス等を,日本を含む世界中に提供し,
「MAGENTO」(国際登録番号1313300:甲11,以下「申立人商標」とい
う。)等の登録商標等を有していたが,申立人は,2018年6月19日付けで
「 X. commerce Inc.」から申立人商標等を譲り受け(甲12),申立人商標の
申立人への移転登録は2019年6月25日に完了している(甲44の1,2,甲
45)。
    ③ 申立人は,申立人商標とは別に,2010年2月に登録された
「magento.com」のドメイン名(以下「申立人ドメイン名」という。)を保有
しており(甲17 ),同ドメイン名を申立人関連会社のサイトに使用している
(甲18)。
   イ 申立人の正当な利益を有する表示
    ① 申立人は,上記のとおり,欧文字「MAGENTO」からなる申立人
商標(国際登録番号1313300,出願2016年7月5日,移転登録2019年6月25
日)を日本国内で有している(甲44の1,2,甲45)。
    ② 申立人は,上記のとおり,2010年2月に登録された
「magento.com」からなる申立人ドメイン名を保有している(甲17 )。
 申立人は,申立人商標及び申立人ドメイン名について,現在日本国内におい
て同表示を使用する権利を有しており,その表示(以下「申立人表示」とい
う。)について正当な利益を有する。
   ウ 本件ドメイン名
 登録者は,「MAGENTO.JP」なる本件ドメイン名を,2018年12月1日
に登録している。
   エ 本件ドメイン名と申立人表示との同一性・類似性
 本件ドメイン名は「MAGENTO.JP」であり,申立人商標は
「MAGENTO」,申立人ドメイン名は「magento.com」である。
 本件ドメイン名である「MAGENTO.JP 」のうち,「.JP」はトップレ
ベルドメインであって国別コードの日本を意味し,使用主体が属する国を表示
するものにすぎないため,その要部は「MAGENTO」部分であるといえ
る。
 また,申立人ドメイン名「magento.com」のうち,「.com」はトップレベル
ドメインを構成し商業用であることを意味するにすぎないため,同部分を除い
た「magento」が主たる識別力を有する要部である。
 そして,本件ドメイン名の要部である「MAGENTO」と,申立人商標
「MAGENTO」及び申立人ドメイン名の要部である「magento」とは,いずれも
実質的に一致しており,本件ドメイン名が本件表示と混同を引き起こすほど類
似している。
 (2) 登録者が,本件ドメイン名に関係する権利又は正当な利益を有して
いないこと
 登録者は,本件ドメイン名の登録時点(2018年12月1日)において,申立人
の事業に関係したことはなく,申立人は,登録者に申立人商標や申立人ドメイ
ン名の登録や使用について何ら許諾を与えていない。
 したがって,登録者は,申立人表示ないしその要部を使用してドメイン名に
関係する権利を何ら有していない。
  (3) 登録者の本件ドメイン名が,不正の目的で登録又は使用されてい
ること
    ① 登録者による本件ドメイン名登録の時期
 本件ドメイン名の登録は,申立人の関連会社のサービスである「Magento
Commerce Cloud」を申立人のサービスである「Adobe Experience Cloud」へ統
合することを目的とした買収(以下「本買収」という。)について公表され,
世間の注目を集めていた最中になされたものである。すなわち,本買収につい
て,申立人及び申立人の関連会社は,2018年5月21日に「アドビ,Magento
Commerceを買収」と題する記事(甲23),同年6月19日に「アドビ,
Magento Commerceの買収を完了」と題する記事(甲13),そして,同年10月
9日に「アドビ,Magento Commerce Cloudを統合し,エクスペリエンスドリブ
ン型コマースを加速」と題する記事(甲15)をそれぞれのウェブサイト上で公
表し,その約2か月後である2018年12月1日に,本件ドメイン名が登録され
るに至っている。この間,本買収は世間の注目を集め,多くの関連記事が第三
者からリリースされていた(甲28 ~甲33)。
   ② 登録者による有償での本件ドメイン名売却の申出
 本件では,2019年3月13日に「domainbeaute@gmail.com」との電子メール
アドレスから,申立人の電子メールアドレス「dnsadmin@adobe.com」に対し,
「magento.jp」と題する電子メールが送信されている(甲34)。同電子メール
本文には,「貴社にとって本ドメインは大変価値のあるものになると思いま
す。あなたの予算に応じて詳細について議論し,素早く円滑にドメインをあな
たに移転することをお約束できます。」「返信するか又は今すぐ購入するため
にSedoを訪れてください。」などの文言とともに,ドメイン売買,オークシ
ョンの仲介サイトであるSedoで本件ドメイン名が表示されるページのリンク
や,同サイトにおいて本件表示が売りに出されているページのリンク等が貼ら
れていた。
 さらに,2019年7月7日,再び「domainbeaute@gmail.com」との電子メール
アドレスから申立人の電子メールアドレス「dnsadmin@adobe.com」に対し,本
件ドメイン名の売却を申し出る内容の電子メールが再度送信された(甲35)。
 なお,ドメイン名及びWHOIS記録のデータベースであるDomain BigDataに
よれば,登録者の電子メールアドレス「namepros@163.com」は,登録者の登録
者名と一部一致する「Yeli」なる登録者名の者と関連している。したがって,
申立人が本件ドメイン名の登録を保有している期間において,本件ドメイン名
の売却を具体的に申し出ていることからすれば,上記電子メールの送信者は本
件ドメイン名の登録者と同一人物である可能性が極めて高い。
 これらの事実から,登録者は,「MAGENTO」の表示が周知著名な営業
表示であることを認識した上で,専ら転売するため,本件ドメイン名を登録し
ていることは疑いの余地がない。したがって,本件ドメイン名は不正の目的を
もって登録されていること明らかである。
 (4) よって,申立人は,本件ドメイン名の登録を申立人に移転せよとの
裁定を求める。

 B 登録者の答弁
  登録者は答弁書を提出しなかった。

5 争点及び事実認定
 A 登録者の不答弁の効果
 (1) 本件において,登録者は,答弁書を提出していない。
 (2) 本手続には弁論主義は適用されないから,本件パネルは,登録者が
答弁書を提出しないという事実により申立人の主張事実等について擬制自白の
拘束力が生じるものとすることはできず,紛争処理方針及び手続規則の定める
要件が充足されているか否かの判断を,申立人の陳述,提出した証拠,条理等
に基づいて行わなければならない,というべきである(手続規則第15条a.
等)。
 ただし,手続規則には,「もし登録者が答弁書を提出しないときには,例外
的な事情がない限り,パネルは申立書に基づいて裁定を下すものとする。」と
の規定がある(手続規則第5条f.)。
 したがって,下記処理方針第4条a.の①から③の3要件に関する申立人の
主張・立証が明らかに不十分であると判断される例外的な事情がない限り,申
立人の主張に従い,本件ドメイン名登録移転の裁定を下すことが相当である。
 (3) 手続規則第15条a.は,本件パネルが紛争を裁定する際に使用する
原則について,次のように指示する。「パネルは,提出された陳述・文書及び
審問の結果に基づき,処理方針,本規則及び適用されうる関係法規の規定・原
則,ならびに条理に従って,裁定を下さなければならない。」。
 そして,処理方針第4条a.は,申立人が次の3項目の全てを立証しなけれ
ばならない,と指図している。
  ① 「登録者のドメイン名が,申立人が権利または正当な利益を有する商
標その他表示と同一または混同を引き起こすほど類似していること」
  ② 「登録者が,当該ドメイン名に関係する権利または正当な利益を有し
ていないこと」
  ③ 「登録者の当該ドメイン名が,不正の目的で登録または使用されてい
ること」

 B  処理方針第4条a.の各号についての当パネルの判断
 (1) 同一又は混同を引き起こすほどの類似性
 登録者の本件ドメイン名は,「MAGENTO.JP」であり,ローマ字大文字体
で横書きされてなる。
 一方,申立人の有する,申立人商標の構成は,ローマ字大文字体で「MAGE
NTO」と一連に横書きされてなり,申立人ドメイン名の構成は,ローマ字小文
字体で「magento.com」と横書きされてなる。 
 そして,本件ドメイン名「MAGENTO.JP」のうち,「JP」の部分はトップ
レベルドメインであって国別コードの日本を意味し,使用主体が属する国を表
示するものにすぎないから,本件ドメイン名において識別力を有する要部は,セ
カンドレベルドメインである「MAGENTO」の部分であると認められる。
 これに対し,申立人ドメイン名「magento.com」のうち,「com」はトップレベ
ルドメインであって商業用であることを意味するにすぎないから,申立人ドメ
イン名において識別力を有する要部は,セカンドレベルドメインであって造語
である「magento」の部分であると認められる。
 そして,ドメイン名が,「商標その他表示と同一または混同を引き起こすほ
ど類似している」か否かの判断に当たっては,当該ドメイン名の識別力のある
部分と「商標その他表示」の識別力のある部分とを比較すべきである。
 そこで,本件ドメイン名の識別力を有する要部である「MAGENTO」の
部分と,申立人商標である「MAGENTO」の表示及び申立人ドメイン名の要部
である「magento」の部分とを比較すると,いずれも称呼において同一であ
り,外観も実質的に同一であって,観念においても同一である。したがって,
本件ドメイン名と申立人表示とは,全体として,混同を引き起こすほど類似し
ている,というべきである。
 (2) 権利又は正当な利益
 登録者は,申立人とは直接的あるいは間接的に取引がなく,申立人が有する
表示の許諾関係もないと認められるので,登録者が,本件ドメイン名に関係す
る権利又は正当な利益を有していない,と判断する。
 (3) 不正の目的で登録又は使用
 申立人提出の甲号証から,2010年2月登録の申立人ドメイン名が存在してい
ること,本件ドメイン名が登録された2018年12月1日の時点で,申立人は申
立人商標の前所有者(「Magento Inc」の名称で営業を行っていた「 X.
commerce Inc.」)から申立人商標を譲り受けていること(ただし,移転登録
は2019年6月25日),上記登録及び譲受け後,申立人に対し2回にわたり本
件ドメイン名の有償譲渡の申出がなされていることなどの事実が認められ,こ
れらの事実からすれば,本件ドメイン名は,登録者が申立人に売却する目的で
取得し,不正の目的で登録を継続しているものと推認される。

6 結 論
 以上のとおり,本件パネルは,登録者によって登録された本件ドメイン名
「MAGENTO.JP」が申立人表示と全体として混同を引き起こすほど類似
し,登録者が本件ドメイン名について権利又は正当な利益を有しておらず,登
録者の本件ドメイン名が不正の目的で登録されているものと認定する。
 よって,本件パネルは,処理方針第4条i.に従って,ドメイン名「MAGE
NTO.JP」の登録を申立人に移転するものとし,主文のとおり裁定する。
2019年10月25日
 
   日本知的財産仲裁センター紛争処理パネル

              主任パネリスト  清 水   節

                パネリスト  本 宮 照 久

                パネリスト  小 松 陽一郎
 
別記  手続の経緯
(1)申立書受領日
   2019年8月21日(電子メール)及び8月23日(書面)
(2)手数料受領日
   2019年8月21日  申立手数料の受領確認
(3)ドメイン名及び登録者の確認
   2019年8月23日  JPRSへ照会
   2019年8月23日  JPRSから登録情報の回答
   回答内容:申立書に記載された登録者はドメイン名の登録者であること,
        JPRSに登録されている登録者の電子メールアドレス及び住所
        等
(4)適式性
   日本知的財産仲裁センター(以下「センター」という。)は,2019年
  8月26日に,申立書が処理方針と規則に照らし申立書が適合しているこ
  とを確認した。
(5)登録者への通知日及び内容
   1) 申立書送付日(手続開始日) 2019年8月27日(電子メール及
    び郵送)
   2) 申立書及び証拠等一式
   3) 答弁書提出期限  2019年9月26日
(6)手続開始日  2019年8月27日
   センターは,2019年8月27日に申立人及び登録者には電子メール
  及び郵送で,JPRS及びJPNICには電子メールで,手続開始日を通知した。
   ただし,登録者宛の通知については,JPRS登録情報の登録者住所に送
  付した通知は「あて所に尋ねあたりません」として返送された。
   なお,申立書に記載された登録者の住所(国外)については,JP2019-0004
  (本件と同一登録者・同一住所)の手続において,2019年5月,6月,
  7月に書類を送付したところ,同地の郵便局は配達に行ったがすぐに輸入取
  り止めにしていた。このことから当該住所には登録者がいない又は建物がな
  いため送付できないと考えられ,送付しても受け取られないと考えられたの
  で同住所には送付を行わなかった(以下,同じ。)。
(7)答弁書の提出の有無及び提出日
   センターは,提出期限日までに答弁書を受領しなかったので,2019年
  9月27日に「答弁書の提出はなかったものと見做す」旨の答弁書不提出通
  知書を,電子メール及び郵送で申立人及び登録者に送付した。
(8)パネリストの指名 2019年10月3日
   申立人が3名のパネルによって審理・裁定されることを選択したため,セ
  ンターは,次の3名のパネリストを選任した。
   パネリスト:弁護士 小松 陽一郎(申立人が提示した候補者から指名)
         弁理士 本宮 照久(登録者が提示した候補者から指名/登
             録者が提示した候補者からパネリストを指名す
             ることができなかったので,センターのパネリス
             ト名簿登載者全員の中から指名)
         弁護士 清水 節(「三番目のパネリスト」として指名)
   言明書の受領日:2019年10月7日(本宮・小松)
           2019年10月8日(清水)
(9)紛争処理パネルの指名及び裁定予定日の通知
   2019年10月3日 JPNIC及びJPRSへ電子メールで通知
              申立人及び登録者へ電子メール及び郵送で通知
   裁定予定日:2019年10月25日
(10)パネリストへのパネリスト指名書及び一件書類受け渡し
   2019年10月3日(電子メール及び郵送)
 (11) 追加陳述書及び証拠書類
   2019年10月9日,手続規則12条の規定により,パネリストは,申
  立人に対し,商標登録を裏付ける追加書類の提出を求め(電子メール及び郵
  送),10月11日(電子メール)及び10月15日(書面)に申立人から
  書類を受領し,10月15日,登録者へ送付した(電子メール及び郵送で通
  知)。
(12)パネルによる審理・裁定
   2019年10月25日  審理終了,裁定。